2006年01月10日
今年の抱負の発表を聞いて
正月2回目の朝礼ということで、社員達の本年度の
抱負(目標)発表が行われていました。
ところが私は、どうしても参加しなければいけない会議があって
客先直行だった為に、社に戻ってきてから
録音されていた目標を聞くことになりました。
前週に部長や管理職が多く話したこともあり、
今週はリーダー3人を除けば若者の発表がほとんどでした。
目標ということで資格取得を挙げる人が多かったのですが、
それはこの業界に参加した身であれば
山のようにあるあまたの資格の1つや2つ取るのは全く
あたり前のことだと思うのです。
もちろん、わたし達の業界は、弁護士や医師のように資格取得が
義務付けられてはおりません。
しかし、政府が行う情報処理関係の試験を始め、ベンダー試験と
呼ばれるものの中にも、歴史があり、持っていると、技術者としての
価値を高く評価してもらえるものが幾つもあるのです。
私は、資格は、「勉強すれば取れるもの」と考えています。
正直、この業界の資格はそこまで難しくはありません。
文系出身の私がそう言っているんです。
なのに、残念なことは、「資格を取ろうとしない人」がたまに
いることです。
仕事が忙しくて勉強する暇がない。
というのは、どう考えても、嘘です。
私は、幾つか資格を取ってきましたが、少しでも
何かを知りたい。資格勉強をすることでシステムエンジニアとして
少しでも成長したいと思ったことがそのきっかけでした。
資格勉強そのものが即、新しい思いつきや仕事の理解につながることは
めったにありません。
それでも、正しい学問というものは、何かのときにヒントに
なるものだと思うのです。
また、正攻法を知らなくて、どうするとも思うのです。
もちろん、自分自身の自信にも繋がります。
コミュニケーション能力を磨きたいと語っている社員も
何人もいましたが、逆に資格勉強は、自分との戦いです。
1人で勉強する時間をいかに持てるか?
いかに集中できるか?
そしてそれは、システムエンジニアとしての
設計能力や社長業にも通じるものがあると思うのです。
最終的には、仕事の責任は、情報を収集し、考え、判断、決断する
その1点にあります。
誰かに相談したとしても、やはり、細かなところまで見通して
システム設計をこれでよし。とするのは、システムエンジニアの
醍醐味でもあるのです。
とにかく、私は社員には、常に「資格を取る」ことを強く奨励しています。
投稿者 sugiyama : 21:54 | トラックバック
2005年09月29日
仕事でメールを使う
ALL ABOUTの「メールで失う職場の信頼」という記事を読んで、共感していました。
常日頃、切実に感じているのですが、メールで仕事上のコミュニケーションを
取るのは本当に難しいものです。
忙しいからという理由なのか、単に面倒なのか、単文で、さらっと重要な依頼をしてくる人が
いるのがとても困ります。
プログラムを修正するといった依頼ですらも、メールで簡単に箇条書きのように
連絡してくると本当に悩みのタネです。
この文で、いったい何がわかるというんだ?と悲しくなったりします。
例えば
●●伝票がおかしい。
いったい、どこがどうおかしいのでしょうか。
もちろん、一目見ておかしいと思うようなものを収めているわけがありません。
当方のテストデータでは、正しく表示されているので納品しているわけです。
せめて、●●の箇所の数字が明らかに少ないようだ。とか、●●のチェックが
できていないようだ。とか具体的に教えて欲しいものです。
しょうがないから、すぐさま電話することにしています。
(こういうときにメールで返しているといつまでたっても埒が明きません。)
タイトルも本当に重要ですよね。
空白のタイトルのメールを消してしまったら、後からそれが部下からの
報告だったと知りました。
無意識におかしいと思って消してしまっていたんです。
一般的な「報告」とか「連絡」といったタイトルも困りものです。
重要なものから先に読んで処理しようとしているのです。
できれば、
「○○会社様 10月20日訪問が延期になりました。」
「△△の見積について納品相談させてください。」
といった中身が一目でわかるタイトルをつけて欲しいものです。
あるとき、部下の一人が内容と全く違うタイトルをつけてメールして
きたことがありました。
それも、タイトルから推測される内容は、2、3日前にもらったメールの
内容です。これが2回ありました。
即座にピンときました。
これは、何か手順がおかしいに違いない。
本人に問いただすと、やはりそうでした。
宛先、CC など複数の関係者に送るのを毎回指定するのが面倒だから
という理由で送信済のフォルダから再編集して内容だけ変えて送ってきたのでした。
ある意味は、とても頭が良いともいえます。
またある意味では、1回目の失敗で指摘を受けた時点で別の方法にするべき
だったといえます。
どちらにせよ、メールの間違いは、内容の不手際だけでなく
宛先の間違い、タイトルミスも、気になるものです。
あと、帰宅間際の添付メール。添付が付いてないことが多いんですよね。
自分でも要注意です。
投稿者 sugiyama : 15:57 | トラックバック
2005年08月17日
技術力だけでは・・
わたしたちの仕事は、技術力が一番大事と言われていますが、
実際には、ロケットを上げるプログラムを作っているわけでもなく
本当に技術力が一番か?というのは疑問に思う今日このごろです。
(これは、別にうちの会社に技術力がないといっているわけではありません。)
ただ、港区赤坂四畳半社長のブログを読んでいて、共感してしまったわけです。
コミュニケーション能力があれば技術力が50でも100以上の結果を出せことが
多いのにコミュニケーション能力が低いばかりに技術力が100あっても
評価がまったくされないということもあるのです。
実際、お客さまが求めていることは、簡単に理解できること。すぐ結果が出ること。
だったりするわけですよね。
まず、技術力100%出さなくても結果が出せるようなものを提案することを
意識してみませんか。
そうだ。かっこよくプレゼンできること。これも技術者にも求められている能力ですよね。
投稿者 sugiyama : 12:18 | コメント (1) | トラックバック
2005年06月30日
専門業者
リフォーム業界自体の業績は、このところ絶好調のようです。
しかし、美味しいところには、アリもハエもたかるわけです。
朝のニュースによると、高齢者らにうその説明をして
不要なリフォーム契約で100億円以上も荒稼ぎした会社の
人たちが逮捕されたようです。呆れました・・・。
正直、わたしでも、もうすぐ床が抜け落ちるから工事が必要
などといわれれば、リスクマネジメントとして最優先事項で
リフォーム依頼してしまいがちです。
だいたいシステム開発のことなら、どんな値段が妥当とか
納期が妥当とか、この会社はまとも、とか判断がつくんですが、
いったん、違う業界の仕事となると、とんと検討がつきません。
ま、こういう「詐欺会社」と普通の真面目な会社を一緒に
されることが一番、腹のたつことなのです。
全く話が変わりますが実は当社は今年の秋に引越しを予定しています。
2つの内装・施工業者に見積もり、設計を依頼していて
やっとのことで1社に決定したばかりです。
正直、誰か代わりにジャッジしてくれ・・・と何度思ったか
しれません。
こう見えて(どう見えて?)デザインには、一言も二言も
うるさいわたしです。
昨日のブログの「社員のぞうり」一覧では、こんなんで
どこがとお思いでしょうが、わたし個人は、結構、美的なものに
うるさいのです。
担当者は、どちらも誠意をもってやってくださいました。
そして、金額的にも差があまりなかったのです。
最後の1週間くらいは、どちらかを切らねばならないという
ことで、精神的につらかったものです
いつも、逆の立場でお客さまに見積提案をしている身なので
自分を振り返って余計にいろいろ考えてしまいました。
こんなに時間をとらせて・・・どうしよう。と思ったことも
何度か。
しかし、ある程度、金額も、提案内容もこちらに沿ったものに
調整してもらうまでには、「現地調査」「図案の書き直し」と
いった作業が何度も入りました。
結局、個人・杉山として、具体的にこれこれを使いたい、こうしたい
という気持ちが強くあるものの、自分が思うがままの
組み合わせでやってしまったとする。
それでも結果としては何か満足がいかないものがあるのではないか、と
思ったのです。
専門業者ではない自分自身への不安・・・
いままでの実績を考えて、こちらが考えていないところを
適当にやってくれるだろう、言ってないことも含めてやってくれる
ことを期待して業者を決めました。
もちろん、決めなかった業者にも可能性はありました。
最後は、そういった勘のようなものにしか過ぎません。
わたしたちシステム開発の仕事も同じです。
相手のお客さまは、ある意味「しろうと」です。言われたことを
100%やるということは、
言われていないこともやるということを意味するのです。
また、お客さまは、大金を出して仕事を出してくださるのです。
お客さまのいわれのない不安を払拭して差し上げるのも
わたしたちの役目であるはずです。
専門業者だから、言われなくても当然のこと。そういったことを
少しずつでも社内みんなで共有財産としてもっていきたいと
思います。
投稿者 sugiyama : 10:50 | トラックバック
2005年05月26日
創造力
最近、落語がちょっとしたブームらしいです。
ドラゴン&タイガーのせいなんでしょうか?
週刊文春の「阿川佐和子の子の人に会いたい」は
いつも楽しみにしているのですが
今週号は林家正蔵でした。
もちろん襲名したての彼、過去の名は、林家こぶ平さんです。
彼がどんなに努力して古典落語をやってきたかという話も
よかったのですが、
彼が話したある尊敬する役者さんの言葉というのが
実は、過去、中村獅童のインタビューで既に
聞いたことがある言葉だったんですね。
それは、
「型があるから型破りができる。型がないものは破ると
型なしになってしまう。」という言葉でした。
これを言った人は、確か中村勘九郎だったはずです。
彼も今は、もう中村勘三郎なんですよね。
どんな芸も、基本をきちんと学ばないで独自性は出せない
ということなんですよね。
そういえば、黒澤明もこういっていたらしいです。
「創造力は、記憶だ。」と・・・・
自分のオリジナリティを見つけたい人。創造力が
あるといわれたい人は、まず、基礎をとにかく勉強
し続けることでしょうね。
投稿者 sugiyama : 17:38 | トラックバック
2005年04月05日
日本会計士協会のガイドライン
電車に乗っていて、ふと見上げると、週刊ダイヤモンドの中吊り広告に
こんな文が載っていました。
「会計士協会が異例の緊急提言 SI業界の粉飾決算にメス」
改めて記事を探して読んでみると、日本会計士協会のホームページにも
情報サービス産業における監査上の諸問題について
http://www.jicpa.or.jp/technical_topics_reports/999/999-20050311-01.htmlというコンテンツが出ておりました。
どうも昨年、上場企業でありながら、これまでの業界の商慣習を悪用して粉飾決算を行ったことを
問題にした日本公認会計士協会が急遽、ガイドラインを制定したということなのでした。
遅ればせながらPDFファイルをダウンロードして読んでみました。
正直、よく調べたなあと関心しました。この業界外の人達には、わからないだろうと
思っていた裏側のさまざまな取引の実態など非常に興味深い文書でした。
大きな業界の特徴としては、次の2点があげられています。
○情報サービス産業の特質としては、事業の対象物が「無形」であることから
外部からその開発状況や内容を確認することは難しく企業としての内部統制が十分に
機能しにくい。
○下請取引が幅広く行われていて、それも多段階請負構造が業界として慣行化している。
また、会計環境の特質としては、5つ挙げられています。
1)収益の実現を認識することが困難である。
要するに、得意先の検収書をもって売上とするわけですが、
本当に得意先が納得する動くものとして認知されていない場合がある。
また、逆に納品していても検収書が貰えない場合もある。
2)ソフトウエア開発時の仕掛品は、作業(労務費、外注費、経費)の
積上原価であるがこれは、受注金額どおりに回収できることを前提としている。
しかし、プロジェクト着手段階で正確な開発金額見積をすることが
難しいという理由や、仕様変更・追加見積が当たり前であることから
この受注金額が合意に至らずに回収できなくなる危険性がある。
3)ソフトウエア開発以外に、ハードウエアの販売、パッケージソフトの
販売も頻繁に行われているため、商社的取引が日常的に行われている。
この中で在庫リスクを抱えておこなわれるもの以外にも
会社の帳簿上通過するだけの仲介取引も存在する。
収益が実現していない取引についても売上金額に含まれてしまうことで
本来の商取引の実態が見えなくなってしまう。
4)ソフトウエア開発だけでなく、ライセンス販売、保守サービス、トレーニング
を併せて提供することがあり、同一の契約書等で締結されていることがある。
しかし、会計上は、複数の取引行為は、契約内容ごとにあるいは、取引形態ごとに
売上計上基準を検討するべきである。
この後も、さまざまなSI業界の取引についての実態とその内容を確認する上での
留意点を続き、会計処理として売上に計上するのか、純額を手数料として
計上するのか(という風に受け取りましたが・・)の指針を提示してくれています。
悪いことをしようと思えば、簡単に出来やすく、虚栄を張ることも
容易な業界なんだということが改めてわかりました。
(ただし、この場合、実際は、売上といえない売上を
虚飾してあげるという点では、株式市場に上場していない当社としては、
銀行対策くらいしか思い当たりませんが・・・)
また、悪いことはしたくないと思っていても、きちんとしたルールに基づいて
内部統制していくことが非常に難しい業界でもあるのだということも
今更ながらに理解しました。
売上金額と一言で言ってしまえば同じに見えてしまいますが、
自社の売上検収基準というものについて、どのような内部チェック機能を
作ってシビアに評価していくかという課題は、結局、各社に任されてしまうもの
なのでしょうか。
先端技術を使う仕事に携っているのに、さまざまな面で「前近代的な」業界です。
カッコ悪いことはしたくないという、そういう当たり前の視点を持つことが
まずは大事なのだと思うのです。
売上も大事だけれど、それ以上に粗利についての厳しい意識、視点を持つ必要が
あるのでしょうね。
投稿者 sugiyama : 14:32 | トラックバック
2005年03月18日
Nagrajの法則
データベースが大好きな私ですが、特に
DataBase AssociatesのNagraj Alur氏による
チューニング作業の手順は、大好きな考え方となっています。
パフォーマンスチューニングの方法選択
1)仕事を減らす
必要のない作業を行わない。
優先順位を決めて低いものを切り捨てる。
2)すでにあるものを最大限に利用する。
DataBaseを触る前に、ハードやOS、ミドルウエア
や、アプリケーションをチューニングする。
3)ピーターからお金を盗んでポールへの支払いに当てる。
要するに、トレードオフのことですよね。
何かを犠牲にして主要目的を遂げる。
4)要求を下げる。
5)お金を注ぎ込む。
(日経BP社 データベースチューニング256の法則 上より)
これって、データベースチューニングだけでなくて、全ての
仕事全般に言えることだと思うのです。
最初、これを知ったときに、なんて哲学的なんだろうと
思いました。
社長業もシステムエンジニアも、1プロジェクトも余裕があるという
ことがありません。
4)5)は、できたら選択したくないので、私は1)から3)を
同時に選択することが多いですね。
2)は、勝手に社員と考えて正しい人間を選んでお願いすること
と置き換えています。
投稿者 sugiyama : 11:24 | トラックバック
2005年03月10日
意識を変える。
一流になりたい。
思ったり、言ったりすることは簡単なことですが、
思っていることを実行に移すことは、大変なことです。
どれだけ本当に、そのことがしたいか、ということが
問われるんだと実感します。
だから、採用のときも、学力じゃなくて、
思い、志の高さで取れと言われるんですね。
思っていても実行に移せない人は、困りますものね。
結局、一歩が踏み出せなければ、どこにも到達できっこ
ないのです。一歩一歩辛いけど歩み始めて
そのうちに、ランナーハイみたいに続けることが
楽しくなるまでやってみましょう。
しかし、実際は若いうちから志を立てている人なんて少ないと思います。
実際、私もそうだったし・・・・ね。
でも、イチローにせよ、誰にせよ、若いうちから
一流になった人というのは、思いもがけず
ある意味、ませて大人の発言が多いことにびっくりすることが
あります。
どんなことでも卓越したものを持つことが
大人の意識を目覚めさせるのでしょうか。
大人になるのが先か、プロになるのが先か?
ビジネスという場は、子供の遊び場ではないという
意識を持つことは必要でしょう。
だからといって仕事で楽しんでいないわけではありません。
このところ、毎日のように、次々に難問が起こっているのですが
それも慣れてくれば、結構、乗り越え方がわかるものです。
確かに、一瞬は「どうしよう。」と途方にくれることは
あるのですが、すぐ気持ちを切り替えることが
必要です。
投げない。違う方法、手段を模索する。これを
なるべく早くできるように自分を鍛えましょう。
混乱している時間、落ち込んでいる時間は、人生の中で
一番、意味のない、いいえ、意味がないだけでなく
自分を駄目にする時間なのですから。
このところ毎日最終です。新宿三丁目の駅員さんはみんなとても優しい。
最終に間に合わない人がいてはいけないと
階段から改札、通路にまで全員で並び駅伝方式で呼びかけています。

投稿者 sugiyama : 21:27 | トラックバック
2005年02月08日
見積もりについて
見積書を作成していました。
個々の要件の細かなところまで納得、理解してから見積を作るということは
本当に珍しく、むしろ大まかな難易度とスケジュールと作成するプログラムの
本数でエイヤーと決断する力が試されていることが多いものです。
世の中には、ファンクションポイント方式やら、なにやら、一番正しく見積もる
方法というノウハウや知識があふれております。
確かに、見積りをする場合の元となるものは、機能数であったり画面数、
帳票数です。
1つずつその作成工数を予測していった積み上げからまず考えます。
しかし、積み上げて出来た見積もりがそのまま即正しいということではありません。
次に3Kと私達は呼んでいるのですが、経験・勘・度胸(気持ち)
といったもので量ったった大きな枠とどのくらい積み上げが離れているかを量ります。
見積もりがうまくいった場合には、ほぼ全体額と積み上げ額が
イコールになります。
こういった場合は、問題ないのですが、余りに離れていた場合
初心に帰ってその原因は何かを考えたり、隣に座っている小幡に相談したりします。
システムでも何でもそうですが、困ったときに、ちょっと人に話しかけるのは
逆に自分の考えを整理するコツでもあります。
さて当社の場合、プログラムの技術者が多いのですが
プログラムが非常に得意な技術者に見積もりさせますと
必ず1本あたりの工数、金額を少なく見積もってくるものです。
それは、自信があるからなんですが。
しかしだからといって会社標準の生産性が一人の人間で計れるわけではなく
また、プログラマといえどもプログラムの仕事だけをして1ヶ月暮らして
いるわけでもないということを考える必要もあります。
作成するものの難易度、分量は当たり前の見積根拠なのですが、
やはり、納期までの長さ・短さといったものも大事な根拠になるものです。
一番理想的なスケジュールというのは、仕事量にあわせたぎりぎりのスケジュールです。これが、仕事量が少なくて納期が長くても無駄な打ち合わせが増えたりするし、
その間に外的な理由で仕様変更を余儀なくされてしまったりすると
思いもかけず期間分に比例した作業が発生してしまう元なのです。
逆にスケジュールが短ければ短いで、結局、要員に無理なスケジュールを強くことになって生産性が出ない、お客様との確認漏れがあったりで、納品後に予定外の作業が残ってしまったりする原因になるのです。
RAPID開発という点でいえば、当社は、2ヶ月で作成納品という無理な開発を請ける
こともたまにはあり、速さ、早さと正確さといったことでは他の開発会社に比べたら
長けている自信はあります。
それでも、当社ならこのスケジュールでもできる。と信じたことしか
結局は請けませんし、不安要素は、徹底的にリスクマネジメントします。
ただプロジェクトが成功するかどうかというのは、最終的には
たった一人のマネージャーやリーダーの「できる。やれる。やるんだ。」という自信と
強い意思にかかっているのですが。
責任をとることは、若いときには怖いことでした。
でもこんな仕事をずっとしていると
見積から設計、納品という一連の仕事を含めて、全てにおいて逆に責任が
ない仕事をするほうが嫌いになります。
仕事の面白さというものを実感できるのは、責任あってのことだと
思います。
そんな意味でも、見積もりは、全ての仕事の第一歩。
エイヤーという思い切りと腹のくくり。これが快感になって・・・くるかも。
投稿者 sugiyama : 21:42 | トラックバック
2005年02月04日
情報処理試験
朝、会社に着くなりぎょっとすることが続いています。
社員出入り口付近の打ち合わせテーブルにて
情報処理試験の春期をめざす特訓?が行われているようです。
私が、情報処理の試験を初めて受けたのは、昭和57年の秋でした。
当時は、政府管轄が通産省の試験でした。
子持ちで25歳の私がこの業界に入ったのが昭和56年8月ですから
一年後に試験を受けたことになります。
入社当時、プログラムに夢中で、寝てもさめても頭の中をプログラムが
回っているような感じでしたが、先輩からこの試験のことを
教えられ、6月ころから勉強を始めたのだと思います。
参考書や試験問題集といったものも当時は多くなく、まず
参考書を読み始めたのですが、文系で高校から数学という言葉を
人生辞書から破いて捨ててしまった私にとって、基礎教養の
問題は、とにかく難しかったのです。
どうしても解法がわからない問題を先輩に聞いても、確かに
受かったはずの先輩達は、頭を抱えて、「うーん」というばかり。
結局は、出来る問題を地道にやっていくということしかありません
でした。
こんな理解力では、受かるはずがない。と思っていたのですが、
本番1週間前に産業新聞に載った模擬試験は、思いのほか易しく
満点をとることができました。
これに気をよくした私は、意気揚々と試験に向かったのですが、
やはり、本番はそんなに甘いものではなく、帰り道は本当に
がっくりと話す言葉もないくらい気力が萎えていたのを覚えています。
25で入った業界です。26の私の周りは、どう見ても若い子達ばかりです。
こんな若い子に負けているんだ。
いったいいつになったら追いつけるんだろうか。などと
目の前が真っ暗になったのを覚えています。
当時はインターネットなど無い時代です。試験発表は、
政府官庁に張り出される紙を見に行くか、通知を待つだけです。
同僚の男の子は、自信があったらしく、結果を見に行ったが
落ちていたとうなだれて語っていました。
もちろん、私は、人に自分の番号を教えることもなく、発表を
見に行くこともなく、当然、落ちたんだ。来年リベンジしようと
思っていたのです。
意に反して、自宅に合格通知が届いたのは、3月になろうとして
いる頃でした。
信じられない。という思いと、でも受かったという喜びに
ゴチャになって襲われました。
いくら自分で「出来が悪い」と思っても、午後の試験は
プログラムでしたし、1年も夢中でプログラムをやっていたのですから
午後は確実に点を取れたはずでした。
そして、午前も、その頃、既に3級を取っていた簿記の問題やら
なにやらで結局、ある程度の点は取れていたということだったのでしょう。
(ひょっとして採点ミスだったのかもしれません)
とにかく試験勉強自体は辛いものでした。でもこの合格が
きっかけとなって、自分も、この業界でやっていけるかもしれない。
というかすかな希望の芽が出たのは事実だったのです。
その半年後には、簿記2級も取得し、とにかく自分が成りたいもの
(その時は、「できるシステムエンジニア」だったはず)
に向かって確実に歩んでいこうという固い意志と強い思いはありました。
投稿者 sugiyama : 10:27 | トラックバック
2005年02月03日
正しい仕事の道
変な題ですが、私がアイロベックスを作ってから
そして、何はなくても守ってきたこと。
それは、社員達に、ひょっとすると茨の道かもしれないけれど
少なくとも正しい仕事の道をひいてあげようと思ってきたことです。
まるでドラマに出てくるような頑固親父に育てられた私が
唯一感謝していること。それは、「甘いことを考えるな」
「浮ついた暮らしをするな」というその考え方でした。
父は、娘には、堅実な結婚をして、就職するにしても
毎日定時に帰るような公務員や、教員といった職種しか
認めようとしませんでした。
それを考えると、父の理想の娘から遥かに遠いところに
いる現在の私です。
しかし、それでも、甘い楽な道があったとしても敢えて
目の前の険しい道を選ぶといった生き方の基本といったものは
知らず知らずのうちに血脈として流れているようです。
会社には守ってもらうものではない。と個人的には
思います。(経営者的発想なのかもしれませんが)
では、会社とは、いったいどんなものであればいいのか?
会社とはビジネスを現場で基礎から身に付ける場であり
仕事という個人の責任と義務があり、尊敬できる先輩や仲間がいて
将来の目標や夢に繋がる場であるべきでしょう。
そして自分は真に大人になったのだという
自覚を持ち、自分が確実に社会の一員として役に立っているという誇りをさえ
見つけることができる場なのです。
辛くても、自分の足で立っているという自覚。その満足感。
私が求めてきたものは、そういった自己であり
仲間でした。寄り添いながら尊敬できる仲間。
そこには、各自が個々に独立しているという最低限の
マナー・ルールが必要だと思うのです。
幸いなことに、アイロベックスは、社員同士の仲は非常に良いのです。
派閥といったものも当たり前ですがありません。
いい会社という一般的な範疇には入らないでしょう。
そして、学生達が選ぶベスト●●といった会社には、
どう考えても、入りっこありません。
何故なら、わたしが考えるいい会社とは、先に述べたような
会社だからです。
そして、社長の私は、心の底から思っています。
アイロベックスは、とってもいい会社です。
そして、これから、もっともっといい会社になります。
投稿者 sugiyama : 20:53 | トラックバック
2004年11月05日
経営という視点
昨日からERがらみの話が続きます。
今日お会いした税理士の先生から、今は
病院も、経営が大変なんですよというお話を
伺いました。
ER(緊急救命室)でも、現場のドクター達の
考えていることと、幹部ドクター達の考えは
すれ違いが起きます。
現場ドクター達は、「費用がかかる」ということを
抜きにして、とにかく人命救助や、厚いスタッフ、
看護を要求しますが、幹部は、少しでも経費節約をしようと
して常に現場ドクターたちから嫌われています。
ドラマの描き方だと、現場ドクターや看護婦達の視線
ですが、一経営者としてみると「うーん」と
唸ってしまうこともあります。
わたし個人は、経営者であり、現場スタッフでもあり
両方の気持ちがよくわかります。
ERとは人の命が懸かっているという点、福祉という
点において意味が異なるかもしれませんが、仕事において
売上や利益を抜きにしてひたすら突っ走るスタッフが
いると会社は、困ります。
お客さまからの理想だけを考えてみれば、安くて
直ぐできて、使いやすく、結果が出るソフトウエア
ということになりますか?
でも、安くし過ぎて赤字になってしまえば、自分だけでなく
会社全体に迷惑をかけてしまうことになります。
ひいては、そんな仕事を続けていたら会社として
やっていけない。倒産ということにもなる。
お客さまは、安くて使いやすいソフトウエアを求めては
いますが、長期に渡ってのフォロー(何かあったときに
質問できる。会社の仕組みが変わったときには
変更できる)や信頼も求めています。
又、余り安い買い物をするときには、衝動買いということも
考えられます。きちんとシステムを使って結果を出して行こうという
お客さまにとっての自覚や重要度も結果に関係するシステム開発
というものには、安売りは合っていないでしょう。
自分でも思っていることですが、高い、安いというのは
結果を見て感じること。わたし達の仕事は買ったときの一瞬で
結果がでるものでは決してなく、最低でも半年や1年後に
ならなければ、お客さまの本当の感想は、わからないものです。
結局、お客さまが心の底で求めているものというのは、
目先の安さではなく、長期に渡る「誠実さ」というものでは
ないかと思います。
投稿者 sugiyama : 15:24 | トラックバック
2004年10月18日
5分以上語ることができる。
当社のホームページに、今週のアイロベックスという
コンテンツがあります。
毎週、社員の誰かが記事を依頼されて書いているのですが、
今週は、私が依頼されました。
仕事系の真面目な話以外を書くようになっている(なぜか
知らないが)ので、悩んだ挙句、今の私が
得意で5分以上話せるものは、何なのか?
と考えて、韓国ドラマについて書いてみました。
何の資料もなく、人に聞かれたときに、5分以上そのことに
ついて話すことができる。
これは、ちょうど読み終えた「プロマネの野望」に
書かれていたことから派生した考えです。
この本は、プロジェクトマネージャーについての本ですが、
著者は、読者に、「貴方は、ユーザー側の発注担当者について
5分以上、語ることができるか?」
「ユーザー側の発注責任者について5分以上語ることができるか?」
と聞いていました。
お客さまへの関心というもの・・・依頼されている業務システム
だけでなく、お客さま個人から会社の経営、お客さまが思っている将来の
願望まで含めて突っ込んで、私たちは、興味を持っているのでしょうか?
仕事というのは、言われたことをやるのが仕事ではない。
どこまで相手の立場に立って、言葉にされない期待を実現しようとするのか?
結局、仕事に対する姿勢というのは、そういったところの評価として
あるのではないのでしょうか。
投稿者 sugiyama : 23:57 | トラックバック
2004年10月14日
歳に関係ない?
昨日のブログに「若い医者(30歳以下)は信用できない。」と
いった旨を書いたのですが、知人から早速メールで指摘を受けました。
・・・コメントに書いていただいてもいいんですよ。ご遠慮なく。
要するに、若くても経験を多く積んでいればそのほうが年寄りの
医者よりも有能でいいはずだ。というご意見で、
ご存知の病院は、20代でもそういった優秀な方が多いそうです。
なるほど、それは、素晴らしいことだと思いました。
しかし、医者になるには、5年の医学部を経てインターン??
とにかく詳しいことは分かりませんが、何年もかかるはず
20代のうちに経験まで積んで優秀であると評価されるところまで本当に
いけるのであろうか?と。
もっとも、それが本当だとすると、それは、病院それ自体が素晴らしい環境で
あるのだろうと思います。だから、「人に依る」「病院に依る」のでは?
実は、医者についての考えは自分の業界と照らし合わせて前から
思っていたことだったのです。
当業界では、昔、35歳プログラマ定年説というのが言われていた頃がありました。
プログラマのように、常に新しい技術をものにして、頭を使ってやる仕事は
35歳過ぎたら限界だという意見であったように思います。
結局、これも、結論としては、人による。会社に依る。のだと
言うより他はないようです。
当社でお願いしているプログラマの江頭氏は、たぶん40くらいに
なるのだと思うのですが、心から頭が下がるくらいの
勉強家です。いつも新しい技術に向かっています。
そしてそれがしかたなしではなく、「大好きで」やっているのが
本当に素晴らしいと思います。
35歳定年説というのは、大会社で、管理者になってしまい、現場を
離れてしまった技術者のことだとも考えます。
とにかくこの業界は、いったん現場を離れると、現場感性が離れていくのが
速いです。
システムエンジニア然り、プログラマ然り、そしてお医者さまも
結局、歳ではなく、やる気と経験、新しい技術を常に仕入れ学んでいこうとする
努力でしょうか。
でも、知らない業界の人を歳以外で才能として見分けるのは、大変に難しいことでしょうね。
投稿者 sugiyama : 14:29 | トラックバック
2004年10月13日
SETA(シータ)について
最近、大きな病気になって手術をするといった場合に、
セカンドオピニオンを受けるというのが流行っているようです。
私も実は去年、救急車で運ばれて大病院で検査を受けるという
ことを経験しました。
結局、何でもないウィルス性の胃腸炎だったのですが、
実際、ベッドで横たわり検査を受けているときは、「まな板の鯉」と
いった気持ちでした。
とくに救急病院にいるお医者さまは、若い人ばかりですしね。
これが、何か病気が見つかり、緊急で手術だなんぞとなったらいったい
どうしらいいことでしょうか?
正直、お医者さまについては、非常に懐疑心がある私です。
それは、当社の仕事にも原因しています。
システム開発、ソフトウエア作成、といっても所詮、人がする仕事です。
人は、職についていれば全員がプロなのではなく、
本当のプロというのは、むしろ少ない。というのが私が確信している
ことの1つであります。
そういった私が選択したいお医者さまというのは、こんな人です。
まず、経験のない若い人は、いくら頭が良くてやる気があっても
ちょっと遠慮したいです。
せめて30歳、希望でいえば35歳以上が望ましいです。
60歳と30歳とどちらをとるか?といえば、ここは人によりけりです。
やる気もあって、研究心も旺盛、現場でずっと来たかたであれば
私なら絶対に60歳ですね。
また、最近良く言われていることですが、プロの仕事ができる為には、
知識・技術・経験だけでなく、やはり相手の気持ちが理解できる。
きちんとした説明ができるといった能力も必要です。
相手に不安感を与えるような行動をしない。
嘘を言わない。
約束はきちんと守る。医者と患者の関係とシステムエンジニアとお客さまの
関係も同じですね。
相性というのも大事なんだと思います。
それでも、ぴったりのお医者様が見つからない場合もあるでしょう。
そんなときには、きっと「セカンドオピニオン」を受けるでしょう。
何か問題が発生したときに、人が言う「気が付きませんでした。」という言葉が
私は嫌いです。だってその言葉には、反省も明るい未来もないから。
気が付かなければ失敗してもいいんですか?
知識は勉強すれば身につくけれど、(知っていたのに)気が付かなかったという
ことは、どうすれば改善できるのでしょうか?
それには、当事者だけでなく、第三者の冷静な突っ込みというものが
必要なんではないでしょうか?
だからこそ、システム開発でも大規模であればこういった第三者機関の存在が
必要とされるはずです。
システム開発におけるセカンドオピニオン
SETA(シータ)はSystem Engineering and Technical Assistanceの略らしいです。
最初、セタと間違えて読んでました。
常に、第三者の眼を意識して、お客さまにとっての最適な提案と作業を行う。
そこには、思い上がりも独りよがりも存在しないはずです。
私自身、SETAとして他社のシステムに立ち会ってみたいと痛切に思います。
投稿者 sugiyama : 15:03
2004年10月11日
建設業のCM方式
昨日、住んでいるマンションの大規模修繕説明会に参加しました。
分譲住宅であるマンションは、住居者全員が積み立てたお金を
元に10年とか20年といったサイクルで大規模な修繕を行います。
今までのやり方であれば、○○建設といった大手建設会社 数社から
見積もりを取りその中の1社に決めたところです。
そしてその1社は、下請会社数社を使って現場作業をさせるのです。
しかし、まだ、これは理想的な形でしょう。
元来、建設業というのは、子請け、孫請け、ひ孫請けといった構造的請負産業です。
元請が請けた仕事は、階層的に手数料という名のピンはねをされて下の業者に
作業内容だけがそのままスライドされていく。
ちなみに、1億4千万で親が請けた仕事を子、孫を通じて ひ孫の業者は、6千万で請けていたなんてこともあるらしいです。
又、こういうことって実はシステム開発でも大規模になればなるほど
よくあることなのです。当社とも全く無関係という話ではありません。
ところが、今回の修繕は、コンサルタントを1社決めて
その会社がCM(コンストラクション・マネージメント)方式を
採用して、元請会社と作業会社をそれぞれ決定することにしたのです。
CM方式というのは、本来は、元請けも抜いて実際に作業する会社と
直接に契約する方式のようですが、今回の方法は、総合請負会社と専門工事会社
を別々に募集するやり方です。
そして総合請負会社が使おうとする下請会社とコンサル会社が募集して選定した
専門工事会社を金額等で測って総合請負会社に推薦するということです。
もちろん明確な理由があれば、その会社の推薦を拒否することもできます。
専門工事会社とだけ契約してしまった場合は、作業の責任分担が曖昧になり、結局
専門工事会社同士が責任のなすりあいをする、もしくは、担当の工事会社が
倒産してしまった場合などの不安が残ります。
そういった意味では、全体統括責任を元々、そういった作業が得意な総合請負会社に任せるといった良いとこ取りの方法のように思えます。
工事をした場所の何年保証といったものも専門工事会社が倒産した場合には総合請負会社が、総合請負会社が倒産した場合には、専門工事会社が保証するという二重に守られた
契約内容となるようです。
まさに、これからは、システム開発でも こういった方式が採用されるようになるのかも
しれません。
しかし、何を実現するかがはっきり判っている大規模修理だからこそ
こういった方法の効果が発揮できるのだと確信します。
システム開発でも建築物でも、何を作ろうとする、何を実現する。
といった顧客の言葉にできない、隠された願望の実現といった部分が実は一番、差別化を図るべきものでしょう。
価格が安ければ、それなりであればいいということは決してないはずです。
作る人から造る人へ、造る人から創る人への意識の転換がどんな
業種でも一番必要なのではないでしょうか?
投稿者 sugiyama : 16:20 | トラックバック
2004年09月27日
派遣について・・・(企業風土)
このIT業界において派遣業の認定を受けているかどうか
ということと、仕事で派遣されることがないか?というのは
別の話なのです。たぶん・・・
よく、100%受託開発なんですよ。というと本当によくやって
いますね。と呆れられることもあります。
そこそこのソフトウエア開発会社で派遣をしていないというのは、
ほとんどないのでは、ないでしょうか?
当社は、俗に言う派遣はしていません。
もちろん客先で製造やテストといった作業を行う場合がありますが、
時間幾らで契約しているわけではないし、
作業指示者が当社以外の人であるということはありません。
どうして派遣をしないかというと、それは、社員の成長を
目の前で見守りたいのと、今まで出会った派遣社員の人達の
仕事に関する考え方や技術レベルがどうかと思うことが多々あったからなのです。
(この業界に7年もいて、SQLが書けない人もいました・・・。
当社では、入社3ヶ月の教育内で標準的なSQL教育は終了するし
正直、SEでもプログラマでも最低限の能力のはずである。)
当業界では、人買い、人売りというのは、当たり前のようで
私のもとにも、毎日のように「案件情報」というものが
メールで送られてきます。
これは、フリーで仕事をしている人に送っているものではなく
小さなソフトウエア会社に送っているものと思われますが
いつも、驚くのは、その要求するスキル、経験の高さと
提示金額の安さとのアンバランスなことです。
プログラム言語 C,C++の3年以上の経験者
月額45万円などというのは、当たり前のことであり、
これは少しは高いなあと思った月額70万円の募集は
上級SE(プログラムもあり)という内容であり
スキルが オブジェクト指向・設計 C++、
コミュニケーション能力(リーダー的要素)といった
ものでした。
正直、そんな人が70万円だったら当社も是非お願いしたいと
思うくらいです。
たまに、求めている人がひっかかってくるからこそ、こういう
メールを毎日のように送っているんでしょうか?
メールを出すのは、手間暇かからないから、万に一つあたれば
いいくらいの感覚なのでしょうか?
応募はできないけれども、本当のところを知りたいのです。
派遣先がいつも御世話になっている会社、また、内情を知っている会社であれば
どういう人が管理者なのか、どういう使い方をしてくれるかも想像でき、
本人のためになるか判断して、可愛い子には旅をさせよ。的なことが
必要になることもあるでしょう。
しかし、全く知らない会社に面接してその業務が終了まで(いつ終了なのかも
明記されていない募集も多い)彼がどのように使われるかもわからないまま
仕事に出すというのはどうなんでしょうか?
本当に能力がありやる気もある人間であれば、もちろん、どんな場であろうとも
成長するはずであるから、いいのだろうが・・・・
若者はちょっとしたことで誤解し、傷つき、曲がりやすいものであろう。
人が育つ為には、企業風土が一番大事である。と、心から信じています。
子が親を見て育つのと同様に、周りの先輩達をみて人は職業人として育つのだと。
投稿者 sugiyama : 21:32
2004年09月14日
仕事は最初から楽しいか?
正直、社長業は苦手だな・・と思うことがたまには、ある。
じゃ、何が好きかというと、今でもやはり、システムエンジニアとしての仕事
が好きなんですね。
でも、この業界に就職したときからすぐ好きになったか?というと
それは違います。
思えば、20うん年前にこの業界に採用されたとき、それは、この業界では
あたり前のコースだと思うけれど、「プログラマ」としての採用でした。
ただ、ひたすらに謎解きのようにプログラムを書いていた(紙に!)
あの頃、今思えば、たいしたことない、簡単なものを作っていただけなんですが
それはそれは、楽しくて面白くて夢中になったものでした。
プログラムを作り続けているうちに、なんとなくシステムエンジニアに
させられてしまった私です。決して自分で希望したわけではありません。
初めの頃、先輩のSEについてお客様の打ち合わせに同席するわけですが
もう、業務がちんぷんかんぷん、会議中の話が全くといっていいほど
理解できなくて、辛かった・・。
そして、自分で多少なりとも、設計をするようになっても、まだ、
設計は好きではありませんでした。プログラミングのほうがどんなに
面白いかと何度も思ったことを覚えています。
私の場合、子供を生んでから、25で遅れて入った仕事です。
どんなに仕事をしたくてたまらないときがあったか・・
この業界にいったん入った以上、この業種でやり遂げたい。
もう挫折はしたくないと思っていました。
後でわかったことですが、好きじゃなかった、つまらなかったのは、
自分が仕事に自信がなく、キャリアもなく、仕事ができなかったから
でした。
仕事そのものが私に合っていなかったわけではなかったのです。
その後、何年もたってからですが、
システムエンジニアは天職と思えるほど、次第にお客さまとの
打ち合わせや設計が好きになっていったのです。
だから、半年や、1年で、自分に合わないとか、勝手に決めてしまう人を見ると
ちょっとがっかりします。
最初から、楽しくてしかたがない仕事を求めているんですか?ってね。
自分が素のままで大した努力もせずに、みんなに誉められるなにかが
あればそれが一番いいということなんでしょうかね?
それって 誰でもできることじゃないんでしょうか?
だからこそ、自分ががんばってやり続けたこの仕事で
何かが出来るようになったという自負が自信になっています。
だから数年で簡単にできるようになる仕事じゃないですよ。
でも、だからこそ、でしょ。やる価値がある。あった。
社長業も早くその境地に到達しますように。
挑戦と継続でしょうか。
投稿者 sugiyama : 20:12 | トラックバック
2004年09月09日
女と仕事
日経システム構築9月号を読んでいたら矢沢久雄氏のコラムに
日本IBMの田原部長が出ていました。もちろん知らない方。
矢沢氏の質問
あるイベントに講師として参加したとき、
女子学生から「コンピュータ業界は女性の生涯の仕事場に
なり得るでしょうか?」と相談されました。そのとき田原さんの
ことがピピッと思い浮かびました。
もちろんあたり前のごとく田原部長は、
「仕事に性別は関係ないというのが私のポリシーです。そんなことより
最新技術の話をしませんか」
当然よね。
しかし、この業界、IBMとかメーカーは別として、確かに
女性のSE(システムエンジニア)は少ない。
プログラマとなるとたぶん半分とか少なくとも30%以上は
女性がいると思うんだけれども、なぜかSEになるとぐんと
減る。
私が知っている会社だと、まず、女性は、同期入社しても
お客様を担当させていただくのに男性と2~3年は遅れる
ような気がする。
そういった意味では、小さな会社に就職した私はラッキー
だったかもしれません。
逆に小さな会社ほど、男女差別はないものよ。
だって能力ある男を探し回るより、目の前にいる使える
女がいいものね。
あと、社長になってから嫌いな言葉は「女社長」
って言葉、玖保キリコの漫画は好きだけど・・・・
大体、なによ、女社長って。
小さいときから親に付けるものを間違えて生まれてきた
といわれた私としては、気に入らない。
それでも、月に1度のヒステリーは必ずあるし、
ま、女の欠点は一通り身に着けていますわね。
ブランド好きだし
ペ・ヨンジュン好きだしね。
女でいいことってなんだろうか?・・・仕事をする上では
本当に無いかも。
でもね。やはり女だから駄目ってことはない。仕事はね。
やっぱり集中力と根気だと思う。
女の意地・・・・・これ大事かな。
投稿者 sugiyama : 16:18
2004年09月01日
業界のおきて?
IT業界というキーワードでGOOGLE検索をしていたら
上位にこんなWEBサイトが引っかかってきました。
ソフトウエア開発にうん十年も携わってきた身としては、「よくある話」すぎて
とくに驚きということはないのですが、この業界を知らない人が読んだら
とんでもない業界だ、と思うかもしれません。
でも、技術者の優劣って、IT業界だけでなく、医者でも、教師でも
どの業界にでもあることなんではないでしょうか。
正直、時間がお金。見積もりは、工数(開発にかかる時間)という感覚が
この業界を駄目にしているとも、また、この業界に何のポリシーもなく生きて
いる人たちを救っているともいえましょう。
仕事を頼むのは、「会社名」でなく「個人」を見て決めろ。
ただし、優秀な技術者がいる会社は、周りにも優秀な人達がいることが
多く、
駄目な技術者がしきっているチームに優秀な技術者が居続けることは
ありえない。
(コ)の業界のオキテhttp://www.pro.or.jp/~fuji/mybooks/okite/index.html#mokuji
お勧めは、「失敗は隠せ」の章かな。
投稿者 sugiyama : 10:59
2004年05月23日
巧遅は拙速に如かず(こうちはせっそくにしかず)
巧みで遅いことは、拙くて速いことに及ばない
これは、本当にそうね。と思う反面、ろくにチェックもしていない文章やプログラムを「出来ました」としたり顔で提出される側の気持ち「早かろう悪かろう」もまた、真なり。ポイントは、まず、さっさと何かしら表現して作ってみる。(たまに、作り出すまで、考えている作業が長い人がいるけど・・・。考えるってことは、文や絵を書いたりすることだと私は思うの。)
拙くても何か書いたもの。これを、「てにをは」や「漢字の間違い」は構成して必ず印刷して確認してから一度見てもらう。
そして意見をもらって、最終期限までにより上を目指す。
こういうやりかたが「うまい」んだと思うな。
上司やお客さまに最終期限ぎりぎりに、自分で良いと思ったものを提出して、相手が感動してくれる可能性・・・それは低い!
投稿者 sugiyama : 21:14 | トラックバック
2003年09月05日
良い会社ってなーに?
就職情報誌に募集広告を出している。
いつも自問自答することだけれども、いったい、社員にとって、良い会社ってどんな会社なんだろうか?と考えてみました。
1.給料が高い
2.休みが多い
3.有名で、人に話すときに鼻が高い
なんか、おとぎ話じゃあるまいし、権兵衛さんが木の株に座っていたら、うさぎが跳んできてぶつかってくれた。こんなにおいしいこともある。って感じしませんか?
日本不況!日本という国自体が大赤字っていうこの時代に、そんなことを言っている、言っていなくても、ちょっとでも考えている若者がいるとしたら、それは、情けない。情けないというより、きっと、だまされて、誰かに食い物にされてしまうんじゃないか心配です。
人は、自分がやったこと。できたことの価値に等しい分の評価しかされない。いや、やったことの正しい評価をしてくれる会社だって少ないんじゃないか。と思います。
私が考える良い会社というのは、万人向きはないかもしれません。
1.生きていく力を得ることができる。
2.尊敬し、共感し合える仲間がいる。
3.成果を出すためのアドバイスと、きちんとした評価がある。
4.一生の仕事を見つけることが出来る可能性がある。
何かを見つけたい。つかみたい。自分という人間の価値を考えてみたい。そういう人に応募して欲しい。
少なくとも、当社は、真剣に 採用したいと思っています。
投稿者 sugiyama : 21:12 | トラックバック
2003年05月19日
メールでのコミュニケーション
メールを使うようになって本当に便利になりましたが、反対に困ったと感じることもあります。それは、字で書いた文章だけの応答では、細かなコミュニケーションがとれないということです。依頼された内容を、あーでもない、こーでもないと考えて、結局ものすごく長い具体例を書いた問い合わせをすることになったりします。
実は、相手はそこまで深く考えていなかった、ということが多いものです。
他に、ずっとメールだけでやりとりをしていると、なぜかしら人間関係に冷たい風が吹いてくるような場合があります。これも不思議なもので、丁寧な言葉を使えばつかうほど、何かしら具合悪い雰囲気になってくるのです。
そうした場合の手っ取り早い解決法は、幾ら相手がメールしてきたからといってメールで返事せず、すぐさま電話することです。
電話のやりとりの口調だけで、どれだけ人間関係も、仕事の進捗も円滑になることでしょうか?


