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2005年01月29日
久々におかまバー
えー、決して遊んでいるわけではなく、最近は、富に忙しく
仕事仕事で暮らしております。
といういいわけから始めなければいけない日記はちょっとつらいものが
あります。
今週は、打ち合わせが続き、ストレスが溜まったみたいということで
本来であれば、さっさと帰宅すればいいものを、
こういうときってなんとなく、「どっかに流れちゃいます。」みたいな
仲間が見つかれば、即乗るということでソウなっちゃいました。
本当に、おかまバーにいったのは、久しぶりです。
1年ぶりかもしれません。
いつものことながら明るい、笑える、ノリノリトーク。
いやあ、楽しいものです。
ここのお店は、できて30年とか以上になるらしく、私が
行き始めてからも、15年オオ!そういえば、会社を作る直前から
行ってました。
正直、女性と間違えるほどきれいなお姉さんはいらっしゃいません。
ま、あきれるほど、ブ・・・もいません。
仕事のことも、何もかも忘れひたすらノリまくり、騒いで
あー楽しかった。ということ。久しく忘れていました。
ママやオネエさん達のプロ意識に乾杯。
投稿者 sugiyama : 16:04 | トラックバック
2005年01月28日
イニシエーションラブ・・・乾くるみ
日記に書くことがない。というより
現場仕事が続きすぎて、書けないことばかりです。
だから、決して怠けているわけではないということを
強調したいと思います。
このところ、連日、夕方から夜にかけての会議ばかり
続いていたため、すっかりヨガとも離れてしまいました。
昨日は、めずらしく、先の会議があっという間に終了して
次の会議までに時間がありました。
で、前々から行ってみたかった丸の内オアゾの
丸善に行ってみることにしました。
http://www.oazo.jp/index2.html
本屋というのが、どうしようもなく好きな惹かれる場所である
私にとって、新しくできた丸善は、テレビ番組の紹介を見たときから
とっても行きたい場所だったのです。
あと、私には、目的がありました。それは、年末のスカイパーフェクトの
ミステリチャンネルの2004年戦うベストテンの国内部門で一位になった
乾くるみの「イニシエーション・ラブ」、ついこの間まで、「八重洲ブックセンター」
ですら在庫なしと言われていた本を手に入れたかったのです。
お堀端をテクテクと東京駅まで歩くと、オアゾというのはまさに東京駅の
隣のビルでした。そんなことも知らなかった。
裏から行くと、これは銀行のビルじゃないか?と不安に思うほど
ショッピングビルのイメージとは違います。
表に回って、丸善です。
きれい。というのが第一印象です。早速、店内になるブック検索端末にて
乾くるみを検索。おっ。在庫あるではありませんか。
印刷ボタンを押すと、2階の在庫がある場所の地図までついた
検索結果が印刷されるのです。
各書棚に番号が付いているので、お目当ての場所に行くのはとっても簡単です。
図書館形式です。
さて、ミステリ部門にあった、「イニシエーションラブ」を手に持って、
回りをブラブラチェック見学です。
ものすごい量の本です。天井高くまでぎっしりと本棚、天井も高いのです。
正直、異常に本好きな私ですが、疲労感がどっと押し寄せてきます。
本屋との相性というのがあると思うのですが、
丸善と私は相性悪そうです。他の本も・・と思っていた気持ちは一度で
萎えてしまいました。
高すぎる本棚のせいか?圧倒感ありすぎです。
ちなみに私が好きな本屋というのは、八重洲ブックセンター・書泉グランデ(秋葉原)
・BOOKファースト(渋谷)といったところです。
時間がまだあったので、オアゾの地下のコーヒーショップで早速
イニシエーションラブ、読み始めました。
別にふつーの恋愛小説といった内容です。
驚いたことに、主人公は、大学生なのですが、私の大学の後輩です。
田舎の大学なので、出てくる地名が懐かしくて懐かしくて・・・・
家庭教師のシチュエーションとか、私の大学生時代とまさに同じ。
変な意味で嬉しくなって嵌ってしまいました。
途中、何箇所か「?」と思うよな箇所もあったのですが、とりたてて
意味をなすと思えず最終章に突入。
????
ちょうど、次の会議時間となったため、その気持ちを引きずって本を閉じました。
で、今朝、もう一度、最終章をじっくり読み直してみました。
やっとのことで、この本が「ミステリ」だったわけがわかりました。
わかると、ちょっとこわーいです。
考えれば考えるほど、・・・
まったく、書けないことばかりですが。
後から気が付いたのですが、乾くるみというこの著者
まさに私の大学の後輩でした。
こんなことも嬉しいものです。
投稿者 sugiyama : 12:40 | トラックバック
2005年01月26日
ドキュメント作成
システムエンジニアとして他の会社に出かけることが多いので
私よりは、ずっと年の離れた若い社員と仕事をする機会も
多いものです。
この仕事をしているせいなのか、2,3年は、あっという間です。
この前、あの仕事で付き合ったときには、まだまだ新人だった
あの子がもう、こんなに成長してきちんと話ができるようになったのか。
もうこんな立派な資料を作ることができるようになったのね。
などと思うことがよくあります。
他人の子は育つのが早いといいますが、まさにそんな感じです。
特に、作成するドキュメント類については、お客様向けに綺麗で
わかりやす資料を作ることがどんどん当たり前になってきているようで
そういう面での成長は、目を見張るものがあります。
当社は、ある意味では、外に見せる部分ではなく、裏方部分を
受け持っていることが多いので、お客様に最終確認をするための資料
だったり、プログラマに指示するための資料を作ることが多く、
どうしても技術の細かな部分の説明資料作りが主になっています。
それでもやはり、人の目を意識したドキュメント作成能力は必要だなあと
常々実感します。
カラープリンタで印刷するのは、常識になってきましたし、
若いうちからお洒落な人達が育ってきている以上、内容だけでなく、
色、デザインといったことも含めて訴える力があると
また一つ強い資料になるといった感慨があります。
魅せるというのもテクニックの1つなのかなとも思います。
もっとも、基礎能力としては、当たり前のことですが、正しい分析・
実行可能な技術に裏づけされた提案や説明でなければ何の意味もなさず
それは、それで、美しいだけの頭が空っぽな誰かさんと同じくらいの
ものなのです。
まずは、基礎能力としてのドキュメント作成能力・・いいえ
順番ではなく、やはりどんな能力も、一夜にして持てるわけではない
のですから、最初からわかり易さや、美しさも含めて目標に同時に持つべき
なんでしょうね。
そういった意味では、理想としてはドキュメント1つにしても、どこまで人を
感動させる力があるかが勝負になるのではないでしょうか。
しかし、「後から来る者、偉大なり。」ですから。
きっとそのうち、当社の中でも、私が「感動するような」ドキュメントを
作ってくれる人がきっと現れてくれるでしょう。
投稿者 sugiyama : 12:45 | トラックバック
2005年01月25日
創立記念日・・・・タイユバン・ロプション
1月24日 アイロベックス創立15年を迎えました。
お世話になった皆様方にこの場をかりてお礼申し上げます。
今期は、コンサルタント会社にお願いしたことなども含めて
ずいぶん投資計画がありますので、例年のような会は止めようか
とも思いました。
しかし、せっかく今まで続けてきた「仏蘭西飯を食べる会」をいきなり
今年からやりません。というのも、どんなものか。などと
葛藤があったすえ、結局、こういった形での会食会は、15周年ということも
あるし、今回で一応、ピリオドを打つこととして、やっぱり
今年はお仏蘭西料理食べる会を恵比寿で開催したのです。(結局ね)
得意先はお呼びしないものの、今回はいつもお世話になっている内内の方々を
招待させていただきました。
なぜか、当社の創立記念日が誕生日だというコムフェアの
奥井社長も、お呼びしました。過去、何年も、「誕生日」と繰り返し言われ
続けていたのですが、やっとのことで今年は思い出しました。失礼しました。
で、今まで過去、この会を開いた中で、一番美味しかった
レストラン タイユバン・ロプションで
行ったのです。
予約したのは10周年の時と同じ3階の個室です。
ところが常に、ワインを飲んでいい気持ちになってしまう私ですので
同じ部屋だというのに、記憶があまりないのです。
しかし、今回は、料理については大丈夫です。
だって、「メニュー」を持ち帰ったのですから。
実際は、前菜の前にアミューズというのでしょうか。フォアグラ(!)の
乗った小皿があったのですから豪華です。
前菜は、 オシェトラキャビア
要するにキャビアをコンソメゼリーで固めたようなものなのですが、
これがまた、美味しい。
次が 海の幸のリゾットとでもいうもの。 イタリア料理っぽかった
のですが良かったですよ。
そして、アマダイ・・・これは、うろこの焼き加減がなかなか絶妙。
でメインの牛ロース肉・・・ロースとは思えない霜降りの柔らかなカルビ
のようなお肉でした。
と、ここまで確認していて、やっぱりですね。
デザートが2種あったはずなのですが、もう覚えておりません。
ま、メインまで覚えているのですから良しとしましょう。
いつものように、他人の分までデザートを平らげなかったと思うのですが
ちょっと怖いので人に聞くのは止めておきます。
投稿者 sugiyama : 14:20 | トラックバック
2005年01月18日
システムエンジニアは何でも一通りやるべき
プログラマを数年修業してからシステムエンジニアと
なるべき道を進む。
これは、昔、昔、私がこの業界に入ったときの通常の
コースであったのです。
しかし、長い?間には、システムエンジニアにいきなり育てる
という会社が現れ、それは、それなりにシステムエンジニア
としてのある一定の能力を養うのには有効かのように
思われました。
しかし、最近思うに、特に、JAVAの開発がさかんになり
オブジェクト指向というものがさかんに言われるようになり
プログラムのドキュメントがどんどんプログラマよりになる
のを見るにつけ、ある程度のプログラミングスキル。
言い換えればプログラマは、こういう思考で考えるといったもの
は、システムエンジニアにとって不可欠なのではないかと
思うようになっています。
また、これは大規模システム開発の場合に限ってというわけでは
ありません。
まず私がシステムエンジニアに求める最低限のスキルは、
プロジェクトマネージャーとしてのスキルとか、
アプリケーションエンジニアとしてのスキルとか
偏った高度なものではありません。
小さなベンチャーの例えば、5、6人程度の会社のお世話で
あれば、ネットワーク、インフラを含めて業務内容を分析し
パッケージを使ったり、ある部分は手作りしてシステムをすべて
設計、開発、運用指示、保守していくことのできる能力です。
会計を含めた業務知識は当たり前のことです。
どんな簡単なことでも一部分全く知らないでいて正しいシステム提案が
できるのか?と思うのです。
だから、当社は、自分のことは自分でやりたい。
そして、お客様が困ったときだけでなく、将来のさまざまな
不安要素について、たとえばセキュリティもしかり、
新しいインフラもしかり、新しいITにおけるビジネスモデルの
ご相談に常に先んじて提案を持っていけるような身でありたい
と思うのです。
専門に特化したシステムエンジニアもまず最初は簡単な全般の
知識を持っているべきでしょう。
投稿者 sugiyama : 10:47 | トラックバック
2005年01月17日
月曜
10時からいつものように朝礼。
もっとも、月曜朝に3人の社員が交代でしていた
朝礼発表は先週で終了しました。
今日は、新しいビジネスモデル推進の為の出発日ということで
昔のことも振り返って、今考えていることなどを私が話しました。
その後、幹部会議。
席に戻ると、浅見が一人で何かすごいものを組み立てています。
採用キックオフが目の前ということもあって、頼んでおいた
プリンタが到着したのです。
大きいとは思っていましたが、思った以上に大きいです。
A1ノビが印字できるので、ポスターや垂れ幕などに
使用するつもりです。
買ったのは、これ・・HP Designjet 130
置く場所がない為、隣に鎮座ますことに・・
しかし、使用方法が難しいらしい・・・・
採用説明会向けの社員座談会の原稿を竹藤が作成してくれました。
やっぱ、適材適所というのはあるなあと感心。
分量と内容のバランス。人を傷つけない配慮が素晴らしい。
彼が文章を書くのが上手だなと思ったのは、たぶん
週刊アイロベックスの記事からだと思います。
何か他のことをやらせてみたいと思ったのですが
十分すぎるくらい期待に答えてくれました。
ドラッガーのいう人事の打率というのは、こういうことをいうのかも
しれないと思ったりしました。
投稿者 sugiyama : 21:56 | トラックバック
2005年01月15日
憧れのハワイ
雨がパラついて寒い土曜です。
仕事の関係で木曜のヨガをキャンセルしたのですが
来週もキャンセルしなければいけません。
しなければいけない作業が山済みなので会社に出てきたのですが
どうも気分が乗りません。
ANAから誕生日割引の案内が来ていたので思わず予約してしまいました。
3月なんですが、正直、そんな先のことはわかりません。
本当は両親と一緒に旅行に行きたいのですが、もう、父親は外に
出かけるほど元気はないようです。
うちは、両親がマスクメロン栽培をしていたので、家族旅行といった
ものをしたことがありません。
正確にいうと、小学校5年生くらいのときに、たぶん両親の
結婚記念日だったのだと思うのですが、土曜の夜から浜名湖の
国民宿舎に一泊したことだけが家族旅行の思い出です。
自宅から車で1時間くらいの場所ですし、祖父となどは、よく
遊びにいっていた場所のすぐ近くにある国民宿舎です。
それでも、子供心にものすごく嬉しかったことを覚えています。
大人になるまでに、父とは大学受験に付き添ってもらったときに
一泊。母とは、どこかに旅行した思い出はまったくありません。
父は、仕事仲間などと国内旅行だけでなく、海外にも広く出かけて
いましたが、いつも母親は留守のメロンを見守っていました。
私自身は、幼い頃は祖父母が一緒に国内旅行に連れていってくれましたし
学生時代は英文科ということもあってアメリカへの短期留学にも
いかせてもらいました。
母が口癖のようにハワイに行きたい。ハワイに行きたいというので
いつかは母をハワイに連れて行ってあげるのが夢でした。
両親が年をとって父親が前立腺ガンの手術をした直後にその夢は
実現できました。
メロン栽培を休んだのは、そのときもたった4、5ヶ月の間でしたし
ハワイ旅行は、5泊程度でした。
足が弱った父がおそろしくゆっくり歩く隣で母が元気一杯していました。
この旅行へいく前は、口が達者な母と喧嘩するのではないか。せっかくの
旅行を台無しにしてしまうのではと恐れていたのですが、
トリプルで泊まった部屋でもそんな恐れは嘘のようになく、仲の良い
家族旅行(もっとも弟は参加しませんでしたが)が実現できました。
あれからもう5年くらいたつのでしょうか。その後実家近くの温泉に
行ったりもしましたが、父は長島茂雄氏と同じ 脳梗塞で倒れてしまい
もう今はメロン栽培も1年に2度母が植えるだけとなりました。
母は、会うと、あのときのハワイは良かったと口癖のように
言っています。
もう一度、どこかへ連れていってあげたいと心から思うのですが
父と一緒でなければ嫌のようです。
自分のことは形振りかまわず、子供を育て、親の世話をし、夫を支えて
働いてきた母が「大丈夫。これで今は幸せだから。」と言うのを聞くと
とても切なくなります。
私がやりたいことは、何でもすぐやる。欲しいものはすぐ買うという
変な実行力を身に着けたのはそんな母を見ていたからかもしれません。
投稿者 sugiyama : 17:18 | トラックバック
2005年01月11日
アイロベックスカレッジ
さて、昨日船井総研から受けたビジネスモデルの提案書を
踏まえて、すでに社内でも改革に動き出していたものと
一致する点については、何の問題もないと思うので
言われるまでもなく動き出すつもりです。
まず、1つは、毎週の朝礼時に行っていた社内研究発表会
ともいうべきものと、勉強会といった社内有志が
行っていたものを融合して「アイロベックスカレッジ」
を発足させようとしています。
これまで、採用から3ヶ月の教育、その後のOJTによる
プログラマ教育といったところについては、過去の資産も
あり、先輩達より埋め込まれたアイロベックスDNAとも
いうべき整った教育体制が出来ていました。
しかし、プログラマとしての一通りの経験の後に
システムエンジニアになるのか、プログラマになるのか
ネットワーク技術もやっていくのか、といったところに
ついては、各自の意識や適性を個人別に見ているという
自負もあってキャリアのステップアップとして、提示して
いるものが曖昧であったと反省しています。
社員達が、どんなスキルを身に付けて、どんな形で
キャリアアップしていくのか、幾つかの道筋を明確に
提示してあげるべきでしょう。
また、現在必要でないスキルも、早めに準備しておけるものに
ついては、どんどん前倒しで身に付けていける場や
情報を提供しようというものです。
プログラマ向けが月に2コマ2月1日からスタートする予定です。
システムエンジニア向け、こちらは、当分は小幡と私が主体的に
カリキュラムを決めていく予定ですが2月7日スタートと
決まりました。
技術レターとして外部にも公開する予定でおります。
投稿者 sugiyama : 12:36 | トラックバック
2005年01月10日
ビジネスモデル報告会
昨年より船井総研に頼んでいたビジネスモデルの
報告会でした。
かの五十棲氏も含めて船井総研から4人おいでいただいて
休日の当社会議室で報告を受けました。
さきほど、終了したばかりなのですが、正直
4時間近くずっと真剣に聞いていたので疲れ果てました。
物凄い分量の提案書をいただきました。
内容や分量がというより、実際、私が、皆がこれを
本当に実行していけるのだろうか?という不安もあります。
しかし、もっと良い会社になるために変える。
変わる。ということを既に決めた以上、
どういった会社になるんだという目標地点や
方向性は自分がお願いした思いでもあるのです。
そうである以上、自分にとって提案されたモデル
を噛み砕いてまず出来ることを、いいえ、出来ると信じて
行動に移していかなければいけません。
来週は、採用チームのキックオフも始まります。
言葉にならない思いを言葉にして貰い、具体的な
形におろして貰ったのです。
ここからは、それを自ら受け止めて
社員達に伝える作業も始めていかなければ
いけません。
確かに不安ですが、単純な人間なので楽しみでもあります。
むしろ、怖い気持ちよりは、ワクワクしています。
いかにこれまでは、「戦術」は多少あっても
「戦略」がなかったのかを思い知りました。
思いは同じでも、「なんとなく」を「具体的」におとしこむことを
しない限り、道は遠いままなのだということ。
歩むということは、どういうことなのかを、身にしみて
考えた日でした。

投稿者 sugiyama : 17:32 | トラックバック
2005年01月06日
拡張子.001の謎
夕方、船井総研の斉藤氏から資料を送ってほしいという依頼が
ありました。
文書をまとめたら、なんと10M以上になってしまいました。
EXLZHの「ファイルを分割」を使って8個ほどに
分割して送信することにしました。
1つ目のファイルは、ファイル.001
2つ目のファイルは、ファイル.002
というように拡張子が連番でついて、これらの
ファイルを送った先でまとめる為のファイル.exe
も自動作成してくれるのです。
ファイル.001とファイル.exeを1つ目のメールに
添付して送って2つ目のメールからは、ファイル.002
だけを送るというやり方で全部送りました。
計8通ね。
こんなやり方で他にも2種類の分割ファイルを送りました。
すると、斉藤さんから電話があって
.001だけ全て届かないというのです。
それって??と思い、(もちろんexeの拡張子は
変更して送りました)
再度、今度は、exeで1つ、.001で1つと2つのメール
に分けて送りました。
また、すぐ連絡があって、exeは届いたものの
.001が届かないというのです。???です。
しょうがないので、.001の拡張子を変更して
送りましたが、これも届きません。こちらに
MAIL FAILORのメールも届きません。
早速、ネットワーク管理者の野辺に質問に行きました。
野辺が言うには、こちらからは送信完了しているとのこと。
相手の会社のメールサーバーが落としているのではないか?
通常メールサーバーが添付ファイルにしていると思われる
チェックは、以下のものらしいです。
1)サイズが指定の大きさを超えていないか?
これは、すでに002などが送られているのでなし。
2)拡張子が .exe やら .xls だったりすると駄目
これも変えてみたのに駄目だったし・・・
3)バイナリの中身のチェック
何をチェックしているのかわからず
しかしどうもこれかな?
と思いメールで送るのは諦めました。
結局、当社WEBサーバーからダウンロードして貰いました。
ということで本日は、珍しく終電。疲れました。
投稿者 sugiyama : 01:51 | トラックバック
2005年01月05日
またまた3M
夕方の打ち合わせがキャンセルになったので
11月から会っていない知人を久々に呼び出しました。
流れて適当に入った店は、TV DINING 百舌というお店
個室ばかりから成り立っているお洒落な雰囲気のお店です。
夕食はすませていたので、何か飲むものを思ったら
なんと、焼酎が120種も揃っているのでありました。
で、もちろん、ここにありました3Mです。
それどころか、「百年の孤独」「天使の誘惑」など
めったに手に入らない銘柄が目白押し・・・
「森伊蔵」なんて、生きているうちに飲むことが
あるんだろうかとまで思っていたのですが
なんと、ここにグラス1300円でありました。
「魔王」が1200円なのですから、どう考えても
お買い得すぎます。
確か、浜松のイオンでは、魔王の2倍以上の値段だったはず。
もちろん「森伊蔵」いただきました。
年末に「魔王」を初めて飲んだのですが、とにかくお酒に
詳しくない私にとっては、「森伊蔵」と「魔王」は似た感じ・・・
飲み比べるには、すでに酔っていすぎました。
相方が百年の孤独を頼んでいたのですが、これはもう、
何年たってもあの独特の強い風味、刺激感は、同じでした。
正直、私にとっては、百年の孤独はウィスキーと同じ。
(つまり好きでない)
今度、この3M飲み比べセットを飲みにこようと
固く決意したのでした。確か1200円だったような・・・
テレビがついていて、夜景が見える個室は、カップルだと
とてもいいかもしれません。
料理は、2品それも、突き出し程度を頼んだのですが、
期待しないほうがいいように思えました。
テレビは液晶でとっても画面がきれいでした。
今度くるときは「冬ソナ」持参にしましょう。
(DVDプレーヤー付き。ソフトなし)

投稿者 sugiyama : 13:03 | トラックバック
新年の誓い
4日が仕事始めでした。
当社では、初日は、9時に会社へ集合して、全員で
初詣に行くのが行事です。
今年は、暖かく、天気も良く、素晴らしい仕事始め日でした。
花園神社でお参りして会社に戻って最初の朝礼です。
毎年毎年のことですが年が変わったときには、
また新たな気持ちをもって今年の決意を語るのです。
今年は、驚いたことには、二人ほど、明らかに文章を
書いてきて読んで発表しているものがいました。
よくよく考えてきたことを全員の前で発表しようと
思うと、上がってしまって正しく言えないということは
よくあることです。正直、ちょっと嬉しくなりました。
私も、いまでこそ、下書きを書いたりはしませんが、
人前で話すのが嫌だったころは、必ず下書きを書いていました。
話すことも、読むことも、そして考えることも、
どんなことも、「慣れ」というのが力を持つものです。
そういった意味では、今は、話すことは、苦痛ではなくなりました。
社員みんなが「社長の話は長い、くどい。」と思っている
かもしれないくらい、どんどん話が出てきます。
ま、そのくらい伝えたいことが一杯あるということで・・・
さて私の今年の抱負ですが、抱負ではなくて、コミットメント
したいと思います。
今年は、社長としてより深く考え、より遠くまで出かけ
より大胆に行動します。
来週の月曜には、船井総研が当社のビジネスモデルを発表して
くれます。
待ちきれず、いろいろグタグタ細かいことをしています。
必ず2005年をアイロベックスイヤーにします。
投稿者 sugiyama : 12:44 | トラックバック
2005年01月04日
津波
久しぶりに何日も休みました。
暮れから正月にかけては、実家に帰っておりました。
実家の話題その1
浜松の実家には、両親が住んでいるのですが、この暮れの
スマトラ沖地震の津波のニュースで母いわく
「私が死んだら家を建て直してほしい。
3階建てにしてほしいというのが遺言だ。」
同じ敷地に住む弟夫婦は困っていました。
実家は、海から3キロは離れていると思うんですが・・・・・。
リアス式海岸でもないし、津波が実家まで押し寄せる
ことがあるんだろうか?と思うのです。
でも、母がもっと恐ろしい話をしたのです。
戦時中の12月7日に、津波があって何百人も死んだ。
浜松から豊橋まですごい数の死人がでた。
海岸に死体が山になってずっと並べてあったのを目撃した。
戦時中でそういう悪いニュースは黙殺された。
というのです。
正直、74にもなっている母なので、ものすごく元気な人なんですが、
一瞬、「ボケて、何か悪い夢を見たのか。」と疑ってしまいました。
しかし、インターネットで検索するとあったのです。
昭和19年(1944)12月7日に起きた東南海地震は、三重県に大きな被害を与えました。
マグニチュード 8.0で、関東大震災のマグニチュード 7.9を超える大地震でした。
震源地は、志摩半島南々東約20キロ沖の海底で、この地震による被害地は静岡・愛知・三重の東海三県をはじめ、長野・山梨・岐阜・和歌山・大阪・兵庫などの各府県に及び、
1,223 人の死者・行方不明者など大きな被害が出ました。
http://www.pref.mie.jp/TANBO/BUNKA/mieb41.htm
当時は、新聞にも載らなったのかもしれません。
母の記憶恐るべし。
なお、我が家は、代々、男系が全員釣りキチで、弟も
伊勢海老釣りにずっと夢中です。
老後は漁師になりたいといっているし・・・3階建てよりも
そっちが問題のような気もします。
私は東京ですし、親、兄弟は浜松という、いつ地震が来ても
おかしくないところで暮らしています。
まずは、懐中電灯の電池を入れ替えて、電球を取り替えること
だけはしておきました。
投稿者 sugiyama : 18:08 | トラックバック
2005年01月03日
冬休み日記
実は、1月4日のエントリを先にアップしたのですが、
年初早々この話題じゃな・・・と
反省して、今から年末のことを書くことにしました。
12月28日
当社では、年の終わりは、「大掃除」と「忘年会」です。
午後から大掃除をして夕方、宴会が始まります。
今年は、健保組合が経営している赤坂の和食のレストランです。
ここは、個室が充実しているし、何せ組合員だと半額です。
案の定、みんなで盛り上がってしまって、いったい
それでどうなったのかは、よく覚えていません。
とにかく、2次会の「アンナ・ミラーズ」で撮った写真を
載せておきます。
なぜか酒でなく飲んでいるのは水です。

12月30日
浜松の実家へ新幹線で戻りました。
浜松の駅前のツリーが綺麗でした。

1月1日
元旦早々、犬に起こされました。
どんな年なんだろうか?

1月2日
浜松のイオンに弟夫婦と買い物に出かけました。
かの有名な焼酎の3Mを売っていました。
教えてあげると、ブランド好きなのに、ケチな
弟は、大いに喜び、悩んだあげく一番安い
魔王(19800円)を買ってました。
ちなみに、森伊蔵 39800円 村尾 29800円(だったような)
でした。



