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2005年02月04日

情報処理試験

朝、会社に着くなりぎょっとすることが続いています。
社員出入り口付近の打ち合わせテーブルにて
情報処理試験の春期をめざす特訓?が行われているようです。

私が、情報処理の試験を初めて受けたのは、昭和57年の秋でした。
当時は、政府管轄が通産省の試験でした。
子持ちで25歳の私がこの業界に入ったのが昭和56年8月ですから
一年後に試験を受けたことになります。
入社当時、プログラムに夢中で、寝てもさめても頭の中をプログラムが
回っているような感じでしたが、先輩からこの試験のことを
教えられ、6月ころから勉強を始めたのだと思います。

参考書や試験問題集といったものも当時は多くなく、まず
参考書を読み始めたのですが、文系で高校から数学という言葉を
人生辞書から破いて捨ててしまった私にとって、基礎教養の
問題は、とにかく難しかったのです。

どうしても解法がわからない問題を先輩に聞いても、確かに
受かったはずの先輩達は、頭を抱えて、「うーん」というばかり。
結局は、出来る問題を地道にやっていくということしかありません
でした。
こんな理解力では、受かるはずがない。と思っていたのですが、
本番1週間前に産業新聞に載った模擬試験は、思いのほか易しく
満点をとることができました。

これに気をよくした私は、意気揚々と試験に向かったのですが、
やはり、本番はそんなに甘いものではなく、帰り道は本当に
がっくりと話す言葉もないくらい気力が萎えていたのを覚えています。
25で入った業界です。26の私の周りは、どう見ても若い子達ばかりです。
こんな若い子に負けているんだ。
いったいいつになったら追いつけるんだろうか。などと
目の前が真っ暗になったのを覚えています。

当時はインターネットなど無い時代です。試験発表は、
政府官庁に張り出される紙を見に行くか、通知を待つだけです。
同僚の男の子は、自信があったらしく、結果を見に行ったが
落ちていたとうなだれて語っていました。
もちろん、私は、人に自分の番号を教えることもなく、発表を
見に行くこともなく、当然、落ちたんだ。来年リベンジしようと
思っていたのです。
意に反して、自宅に合格通知が届いたのは、3月になろうとして
いる頃でした。
信じられない。という思いと、でも受かったという喜びに
ゴチャになって襲われました。

いくら自分で「出来が悪い」と思っても、午後の試験は
プログラムでしたし、1年も夢中でプログラムをやっていたのですから
午後は確実に点を取れたはずでした。
そして、午前も、その頃、既に3級を取っていた簿記の問題やら
なにやらで結局、ある程度の点は取れていたということだったのでしょう。
(ひょっとして採点ミスだったのかもしれません)

とにかく試験勉強自体は辛いものでした。でもこの合格が
きっかけとなって、自分も、この業界でやっていけるかもしれない。
というかすかな希望の芽が出たのは事実だったのです。
その半年後には、簿記2級も取得し、とにかく自分が成りたいもの
(その時は、「できるシステムエンジニア」だったはず)
に向かって確実に歩んでいこうという固い意志と強い思いはありました。

投稿者 sugiyama : 2005年02月04日 10:27

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