« 2007年08月 | メイン | 2007年10月 »
2007年09月23日
リーダー合宿・・・NASPA
今月は当社の決算月です。リーダー合宿で越後湯沢のNASPAへ行きました。
水曜にファシリテーション技術を学んだばかりなので、さっそく活かそうと思ったのですが、なかなか坂本先生のようにはいきませんでした。
それでも、発表する代わりにポストイットに書いて貼るという方法は、いろいろな意味でとても良い方法ではないかと思います。
こんな感じ
そういえば、「すごい会議」で大橋禅太郎氏が言っていたのも「発言する代わりに紙に書く」でした。
あのとき、セミナに丸一日かけて野崎部長と二人で出席したのにも関わらず、それが活かせなかったのでした。
今、思えば、それは、私と野崎部長だけのナレッジだったからいけなかったのでした。
やはり、リーダー全員が同じ情報を共有するところから、始めることが必要だったのですね。今頃、わかりました。
本当に、いつもながら思うのは、無駄なことの積み重ねの中から何かをつかんでいくんだなあということです。器用な人や組織というのにも、あこがれますが、器用な人は、他人と一緒にナレッジを共有することで得られる感動は少ないのでは?と思ったりもします。愚直な会社だからこそ、素直な想いや発言に触れる感動もあるのです。
この日は2日目、皆、二日酔いで会議でっせ。
泊まったホテルですがNASPAなので、てっきり「那須」+「スパ」のことだと思い込んでいました。
人に「那須に行ってきました。」と報告してました。
しかし、那須と越後湯沢は、ムチャ遠いといわれ、びっくりしました。
さすがは、方向音痴です。(話を聞かない男、地図を読めない女という本、ありましたねえ)
どうりで「魚沼産のコシヒカリ」をおみやげに売っていたはずでした。
1合でにぎった「爆弾にぎり」を自宅に買って帰って食べました。
投稿者 sugiyama : 23:04 | トラックバック
2007年09月17日
実家は動物園
久しぶりに実家に立ち寄りました。
現在、実家は新築中なので泊まる場所がありません。
やっと10月末には出来上がるようです。
すると、ネコが3匹も増えていました。
また、今度はネコか・・・・・。
正直、それは、当たり前にありうる話だったのでしょうが、
3匹というところで意表をつかれました。
しかし、長屋(そう呼んでいる物置のようなところ)に行ってみると、
これが予想以上にメチャメチャ可愛い。
とくに耳が大きくて立っているのが可愛い。
すっかり気に入りました。
弟から「ネコが死んだ」というメールを貰ったのは半年前くらいでしょうか。
いつの間にか居ついた野良ネコを可愛がって飼っていました。
もっとも、ネコに限らず、犬(ランちゃん)、オウム、インコ2匹、魚(名は忘れた・・・)
何でも生きているものなら飼うのが大好きな弟なのです。
それも小さい頃からずっとです。
どうして動物園に勤めなかったのか、本当になぞです。
ブルドッグのランちゃん。16キロがベスト体重らしいですが、22キロになってしまい
「何を食べさせてるんだ」と母は弟に叱られていました。(母が「消化にいいから」といってランに大根を食べさせていたのは見たことあり。しかし大根で太るかなあ?)
犬を飼うときにあれだけ揉めて反対していた父も母も、
(あの時、両親の説得は大変だったんですよ。)
今やランちゃんのとりこになっているところを見ると・・・
(寝たきりの父もランちゃんの話をすると身を乗り出す)
そして義妹の話を聞いても・・・・
どうやらこの家で異常なのは、わたしのようです。
あまり犬・ネコに興味が無い。飼うなんてまっぴら。
しかし小学校の頃から、蛇やトカゲまで飼っていた(ような気がする)あの
弟の隣に住んでいたんですよ。
こうなるのが自然のような気もしますが。
最近のペットブームを見るにつけ、「けっ」と思うのは幼児期に受けた
何かのせいでしょうか?
投稿者 sugiyama : 18:38 | トラックバック
舘山寺温泉
母と伯母と3人で温泉に行きました。
浜名湖の近くにある舘山寺温泉の九重です。(今回は奮発しました。)
前回、母の日に初めて舘山寺温泉に母と泊まりに行きました。
今まで、地元だから行こうとも思わなかったのですが、こんなに近くていいところだったんだと発見したのと、母が伯母さん(母の姉)と一緒に来たかったと言っていたので、それを思い出しての小旅行です。
なにしろ母は、寝たきりの父に会いに毎日、病院に通っているので、遠くにはいけません。この日も父の病室で待ち合わせして、弟の車で送っていってもらいました。
舘山寺までは、浜松市の中心部から車で1時間もかかりません。
幼稚園の頃、遠足に行った覚えがあります。
浜名湖に面した非常に眺望の良い旅館です。
さすがに老舗だけあって、部屋も良し、風呂から見る景色も素晴らしい、料理も美味しい。(値段も高いけど・・・)
もっとも、母は姉とずっとおしゃべりに夢中でどこまであの旅館のことを覚えているのかなあといった雰囲気でした。
こっそり教えると、母と伯母の名前は二人合わせると「芙蓉」となります。物凄く両親の期待がかかった姉妹です。
明らかに今は、名前負けして、かしまし娘くらいおしゃべりな二人ですが、昔は、山の村から自転車で1時間以上もかかって女学校に通ったのです。
二人の共通点は、女学校を出るや否や18歳で否応なく親の決めた縁談で嫁いだというところでももあります。
何も知らないお嬢さんがジジババがいる農家に嫁いだ母の苦労話は、さんざん聞いてきたのですが、母だけでなく伯母も随分苦労してきたようです。
子供を連れてどこかに出かけたがお金を持っていなくて本当に辛い思いをした。といった話を聞くと、あ、うちの母と同じだ。といった感じです。
嫁ということで、あれやこれやと働くのは当たり前で、自分の小遣いなどあるはずもなく、母は、ひもじくても、ご飯のお代わりもできなかったと言っていたことを思い出しました。
それでも伯母は「フランス」や「ハワイ」、「シンガポール」にも行ったことがあるそうです。
舘山寺にも何回か来ているらしい。
一方、母は、舅、姑、父といった封建的な一家の中で、どこにも遊びにいくこともなく
子育てとメロン作りだけに人生のほとんどを費やしてきました。
老後は、父と旅行に思い切り行って欲しいと思っていたのですが、
それも父の病気で実現出来なくなってしまいました。
今から何回、親孝行できるのかわかりませんが、少しでも母と一緒に遊んだり旅行したいと思っています。
投稿者 sugiyama : 18:28 | トラックバック
2007年09月07日
台風直下
昨日は、夜8時からの面会があったのですが終えて部屋に戻ると、社員はほとんど帰宅してしまい、広い事務室にただエアコンの音がするばかりでした。
誰もいないのかと思い、探してみると、居ないはずはありません。
もちろん、前田と古郡が残っていました。
台風が来るから帰ろう。といってもひたすら仕事に熱中しています。
もちろん、付き合って帰れなくなったらヤバイのでさっさと帰りました。
10時くらいだったでしょうか。
ニュースを聞くと、台風は夜半に通り過ぎても今日(金曜)の午前中まで雨風が強く、電車は不通になる可能性があるようでした。
まさか、そんな状態で社員は出てこないだろうと思ったのですが、緊急連絡網を作っていないことに今更ながら気づきました。
地震も来るとあれだけ言われているのに・・・。
しかしこんな大型台風の日は、家族が居ない限り、家に帰るより会社に泊まったほうが安全度は高いのではないでしょうか。

朝、前田の寝顔を見てそう思いました。
しかし盗撮にも、横の自動販売機で水買っている音にも気づかないとは・・・
何があっても幸せそうです。


