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※「アイロベックス社長の日記」はライブドアブログへ移転しました。

2008年02月20日

新宿放送局 「社長のランチ」に登場

 新宿には、「新宿放送局」というインターネットの放送局があります。

前々から名前とサイトは知っていて、面白い会社だなと思っていました。
新宿御苑会というIT関係の新宿御苑付近の会社の社長さん達の会があるんですが、1月の新年会のときに取材で「新宿放送局」の松永社長と福場さんにお会いしました。

新宿放送局のメニューには「社長のランチ」というコンテンツがあって松永さんがいろいろな会社の社長さん達からお昼をごちになるという内容でした。

 自称グルメを自負しているわたくしとしては、是非、これには登場しなければいけないと固く思ったのです。

そこで自ら立候補してお店を・・・となったとき、多少の見得を張って「ビストロコロリス」を選択したのです。

なんといってもフランス料理なのにお買い得。
若い女性がシェフだからでしょうか。
美しさと美味しさとその上、コストパフォーマンスも同居しているのです。

ま、わたしのイメージにぴったり。というのは半分は冗談ですが。
とにかく嫌いなものは不味いもの、古いもの。

というところは、松永社長と全く同じ意見だったようです。

しかし、「グルメな社長が新宿の美味しい店を紹介するコンテンツ」だと
勝手に思い込んでいたのですが、実は、撮影前にじっくり
社長のランチを読み直したところ、あまりにも登場する社長さんたちが
老舗の方だったりするものですから・・・。

「新宿のお店」を紹介することもさることながら、松永社長の華麗な人脈が
披露されるサイトなんじゃないか?と思ってビビッてしまいました。

正直、珍しく緊張しています。

自分が動いているビデオを見るのは、実は苦手です。
生まれて初めて録音した自分の声を聞いたときのことを思い出してしまいます。

何事も現実を知らないほうが幸せなことが多いのでしょうか。
でも、今更ながらあたり前のことですが、プロが撮ると違いますね。
そして、松永社長のなんというか、時空を超えたお話が心地良いのです。
とても楽しく食事して、撮影はあっという間でした。

さて、「社長のランチ」、この回以外の回も面白いし、新宿の隠れた美味しい店が満載です。
わたしが密かに「ここは・・」と思っていた店はほとんど出ています。
知らなかったお店も数件ありましたしね。
もちろん、「いくわよ。」

投稿者 sugiyama : 20:07 | トラックバック

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2008年02月09日

「生物と無生物のあいだ」  福岡伸一


・アマゾンでこの本を見る。 

 生物?

中・高校で学んだ学問に分けるとそうなるのでしょうか。

それにしては、面白すぎるぞ。

それにしても福岡伸一さんって文章がうますぎ。

何に驚いたって、「生命」って頭良すぎ。

と、ここまでテンションが高くなるくらいのすごい本でした。
よく、生命の神秘などという言葉を聞くことがありますが、
わたしにとっては、例えば、そういったテーマのテレビ番組は
観ない。

なにしろ、文系である。

生命、生物・・・うーん。

というくらい無知、無理解、無関心のことでした。

そのわたしが、何故、この本を買ったのでしょうか。

「読み始めたら止まらない極上の科学ミステリー」

この、読み始めたら止まらないという箇所に惹かれたんですね。

なにしろ、最近、本がつまらなくて・・・。

でもこの本、面白い。本当です。

DNAのことも、知っていたのにわかっていませんでした。
実はこの本でDNAのことを読んだとき私が考えたのは、RAIDシステムなんですけどね。

やっぱり、全く違う世界の学問や知識を知ったときに、何か自分の仕事や
自分の知識に繋げてみようとすることがありますね。
それがヒントになって何かを思いついたりもする。

なんかそういったヒントが満載のような気がします。

そして、この本は、知識欲が満たされるだけでなく、その文章のうまさ、筆舌しがたいです。
又、福岡さんの学者人生のエッセイがうまくちりばめられているばかりでなく、
各研究者たちのエピソードが人間くさく興味深い
ものばかりで驚きなのです。

あのノーベル賞を貰った人達がしでかしたことって・・・。
ちょっとマイクロソフトのビル・ゲイツの逸話を思い出してしまいました。

読んでよかった。何度でも読み直してその文章を楽しんでしまう。

そういった珍しい本だと思います。

最後に気になった言葉をあげてみます。

「知的であることの最低条件は自己懐疑ができるかどうかということにある。」

結局、研究者といえど、事実だけを積み上げて推論していくわけではなく、仮説を
もって検証していくんですね。
そんなとき、自分が思っていたことと違う結果が出た場合にどう考えるのかといった
ことなんですが、強情に意思を貫きとおすということが何時でもいいわけではなく、
ときには、その自分の思いが強いが故に事実から眼を背けてしまったり、
大事なことを見逃してしまうことに繋がってしまうわけです。
そういったことをどれだけわかって、曲がらないで検証、仮説をたてていくべきなのか。
結局、どんな仕事もそういった自我との戦いなのかもしれません。


投稿者 sugiyama : 17:16 | トラックバック

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